入社日前日まで思いつきで卒業旅行した話。
一般的に大学を卒業したら、入社までの猶予に友達と卒業旅行を楽しんだり、遠出して遊ぶのが基本だと思う。
しかし、私の場合は、人生最後の春休み、土曜日以外の生活スケジュールといのが
6.00犬の散歩
8.20〜17.50自動車学校
19.30犬の散歩
上記のようにかなりタイトなサイクルで過ごしており、自由な時間というのが3/25日までほとんどなかった。
そして、3/29日会社に勤めるため上京した後、区役所で手続きを速攻で済ませ新居で4/3の入社日までどう過ごすか考えた。
色々考えていくうちに、日付は変わり3/30日になってしまったが、会社に勤めてしまうと連続した休みが取れないため、移動に時間のかかる地域へ旅行することができないことを思いだした。
そこで前々から野生の孔雀や、イグアナが生息していることについて気になっていた石垣島に行くことにした。
何も石垣島でのプランがない中、3/30日深夜2時33分コンビニにて同日14時35分から出発するチケットを購入した。
その後早急に準備を済ませ、眠りについた。
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持ち物
・竿
・リール
・釣り道具
・水着
・ゴーグル
・ヘッドライト
・ライト
・モバイルバッテリー
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〜石垣島へ、
朝2時間かけて成田空港に到着
、
ここから石垣島へ
、
↑搭乗した飛行機
、
↑機内では現在どこを飛行しているか確認することができる。
出発前、石垣島で滞在する3/30から4/2までの天気を調べると、ずっと曇と雨続きだったが、それもまた思い出になると思い気にならなかった。
18時10分、およそ3時間ほどで石垣島に着いた。
↑石垣空港
そこから野宿ができそうな市街地を徒歩で目指そうとしたが、空港を出ると大雨が降り注ぎ、やむを得ずバスで市街地へ向かった。
↑市街地
市街地へ着くとあまりにも暗く、グーグルマップを頼らないと周囲の様子が判らない状態だった。
適当に歩いていると、見せはほとんどしまっていたが、本州では見られない特殊な植物を見ることができ、満足だった。
↑開いている店があった。
そこで野菜と謎のお腹の膨れそうなお菓子を購入し、釣りや野宿のできる場所を探した。
石垣漁港、フェリーターミナル、サザンゲートブリッジ、ドルフィンファンタジー前と、釣りと野宿の両立できる場所を探した、徘徊するうちに時刻は23時を超えていたので、最終定理にサザンゲートブリッジの下で野宿することにした。
↑サザンゲートブリッジにある石垣島周辺の地図
↑飲み屋は夜が更けても賑わっていた。
幸い人が全くいなかったが、3月末下旬の石垣は寒くなかなか寝付けなかった。
3/31日、早朝暗いうちに孔雀の生息地を調べると、ここから5キロほどの近所のバンナ公園に生息していることがわかった。
↑6時22分の市街地、
朝になって気づいたがゴミが全くなく、キレイだ!
すぐに歩いて向かっていくと、のどかで心地の良い一本道に出た。
しばらく歩いていると、普段絶対野生で見ない植物や、鶏の鳴き声、ヤギの鳴き声が聞こえてきた。
↑自販機の墓場だろうか
↑サンセベリアのような植物
↑ウチワサボテン
↑ヤギ、鶏、七面鳥のよくばりセット
あるき始めて1時間ほどで
7時28分入口が見えた。
孔雀に会えるかもしれないという期待を膨らませ入園、
出会える場所について詳しく情報がなかったので山奥を目指して、どんどん山道を登っていった。
エメラルドの海が見える展望台を目指すことにした。
その道中、後に恩人となる散歩中のおばあさんに挨拶をされた。
快く挨拶を交わすと、旅行?と尋ねられたので、ここにきた経緯、入社に就いての不安など一通り話した。
すると、思いがけないことに前日に野宿したことについて驚かれ、使っていない農作業小屋を寝泊まりのため貸していただくことができた。
ぽかにも石垣島の方だったため、孔雀を見かけるポイントについて尋ねると、
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・バンナ公園外周でよく見かける、
・時折聞える(ニャー)というあきらかネコではない鳴き声は孔雀のもの
・山の上には居ない、
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という有力な情報を得ることができた。
その後記念のため、展望台までは行き、その後外周を回ることにした。
↑展望台より、あいにく天気は今ひとつだった。
しばらく歩き、突き当りから外周にはいった。
↑牛が当たり前のように飼育されている。
キシノウエトカゲのトカゲ
↑謎の虫
↑吊り橋
散策していくうちに孔雀の羽や体毛といった痕跡が見られないため、本当に孔雀は要るのか疑問に思うようになった。
その後、おば様二人組が歩いてくるのが見えたため、孔雀について聞いてみた。
どうやら西口入り口の天文台の下がすみかとなっているらしく、同行してくれることになった。
一緒に天文台へ向かう途中、
植物について解説してくれた。しばらく進むと孔雀の糞があると教えてくれた。
↑リュウキュウコスミレそのうち希少種になるとか、
↑孔雀の糞、漫画で出てくる糞そのもの
どうやら出したての糞らしくさっきまでここにいたと考えると、期待が高まってきた。
↑カエンボクの花(赤)
その後天文台に到着し、おば様方と別れ一人で広い草原を観察していると、走ってゆく大きな影が、
一瞬、現実に起きたことかわからなかったが、間違いなく孔雀だと革新した。
急いで影の見えた方へ走ると、
まさに、走っている孔雀のオスが
↑どうやら、あとから車がすぐ来たので、車に驚いて逃げてきたと思われた。
後ろ姿の写真しか撮ることができなかったが、運の良いことに飛び立つ姿もみれた。
↑飛ぶ孔雀
その後満足してのんびり道なりに進むと、先程のおば様方がいた、孔雀を見れたことを話したり、今後の石垣島の予定を話していると、
ありがたいことに車で海際まで送ってくれることになった。
おば様方の家の近くにある宮良川河口付近でおろしてくれた。
マングローブカヤックで有名な土地のようで、観光客がたくさんいたため、釣りをしていいのか不安になり電話で確認した。
マングローブ方面にはカヤック客が多いため、60gのメタルジグで河口付近で釣りをしてみるが、自分の腕が悪いせいか何も釣れなかった。
早々に釣りを切り上げのんびり上流に向けて散歩をした。
その後南国といえばビーチのイメージが強いため、せっかくなのでビーチを探した。
どうやら近くにマエサトビーチが近くにあり、ダイソーとしまむらでそれぞれ海水パンツと、ゴーグルを購入し、向かった。
ナビ通りに向かうと高級ホテルが並ぶ敷地の奥にあった。
↑映画のバカンスシーンよく見るビーチベッドだ!!
海で楽しもうとしたが、当時の気温が22度のためかなり寒く、10分ほどで切り上げた。
ビーチで泳いだあと丁度夕方に差し掛かったため、釣りができそうな場所を求めて歩いた。
崎浜ビーチへ到着した。足元にいたノコギリガザミの子供を餌にぶっこみ釣りをした。
小さなアタリはあるもののなかなか大きなアタリがない、そうこうしているうちに今朝倉庫を貸してくれるおばあさんから電話がかかってきた。
思いがけないことにこちらに車で迎えに来てくれていたのだ。
早急に釣りをやめ、車で夕食を買いにマックスバリュへと向かい、八重山そばと、サラダを購入した。
倉庫に案内されるとなんと一軒家であり、倉庫と呼ぶには豪華すぎるほど立派な家だった。
↑ガスが通っていなかったのでそのまま食べた八重山そば、とても飲み込みにくかった。
近くに畑があるので食後散策することにした。
↑南国の花
出てすぐの溝にヤエヤマイシガメがいた。
亀を逃しオオヒキガエルを探すとあっさりと見つかった。
捕まえようとしても全く逃げない、触って捕まんだ瞬間ようやくめんどくさそうに逃げようとする。
↑いとも簡単に捕まえられる
短時間で8匹も捕まえることができたが、このカエル毒が染み出している写真をみたことがあるがかなり力強く踏んで見ても毒が出る様子がない、
↑個体差があるのかもしれないが、8匹全て出る様子がなかった。条件があるのかもしれない、もしくは出し尽くしたかのか?
存分にオオヒキガエルを堪能し帰った。
帰宅後、おばあさんから連絡が入っており、明日の早朝またバンナ公園で散歩に誘っていただいた。
4/1
早朝5時30分に起きバンナ公園へ向かった。
↑5時59分の光景
真っ暗で何も見えなかったが、時折木々の隙間から巨大なオキナワオオコウモリが木々の間を飛び交う影、リュウキュウコノハズクの鳴き声、むしの声、鳥のさえずりがいたる所から聞こえ、自然の多様性と人が共存できている素晴らしい環境であることがわかった。
日が差し込み徐々に明るくなってきた。
↑マングローブが見える。
↑卵状の鳥類観測所 ドラゴンボールの宇宙船みたいだ
↑中はこのようになっており、各階に休憩所がついている
↑観測所からの景色、右中央上の山の麓に見える施設はミサイル基地で、その周辺ではマンゴー畑が盛んだそうだ。
↑(VERA)と呼ばれる石垣天文局
きのこのようなシルエットだ
↑西側の景色
その後きた道を引き返し早朝の散歩を切り上げた帰り、なんと朝食をごちそうになった。
↑地元で有名なオニササ(おにぎりとささみの唐揚げ)
全て保温がされていてるので、できたてのように熱々で美味しい!!
フライドチキン、炊き込みご飯、ささみの唐揚げ、野菜炒めをごちそうになった。
8時32分泊めていただいたお礼に畑の草むしりをお手伝いさせていただいた。
↑このように雑草まみれの畑の草をむしる
↑11時6分 畑の半分ほどきれいにした。
おばあさんが非常に喜んでくれて、やりがいを感じることができた。今後、畑には芋やレタス、スイカや、ズッキーニなど育てる予定だそうだ。
↑前日に洗濯したものがかなり乾いていた。
午後、せっかくなので前日にフェリーターミナルで10分ほどでいける竹富島に行ってみようと思い、訪ねてみると、ターミナルまで送っていただいた。
↑乗ったフェリー
↑思ったより強烈に水しぶきを食らうため注意が必要だ。
↑竹富島の港
島全体が徒歩で一日回れそうなほどの大きさで、港から中心地まで15分でついた。
↑港から街までの通路デイゴの並木がきれいだ。
↑道の側面で開放的な空間で牛がのびのび放牧されている
↑街の様子
↑竹富島の市街は紙芝居に出てきそうな家々しかなく風情を感じる。
↑郵便局はおしゃれ
↑小学校
冗談抜きで竹富島の町並み、海、自然に一目惚れした。それくらいタイムスリップしたような世界がそこにあったからだ。
↑記念に島の標識前で落ちていたデイゴの花びらをちらして自撮り
西桟橋からルアーを使った釣りをしようとしたが観光客がいたので諦めた。
↑釣れそうなんだけどなぁ、、、
そこからコンドイ園地を釣りをしながら目指したが潮が引いていたためか腕が悪いのか釣れなかった。
早々に釣りをやめ、街を見て回った。
↑牛車の水牛、つぶらな瞳と立派な角が特徴的だった品種は何だろうか?
↑至るところに花々が咲いているが勝手に生えてくるのだろうか、それとも育てているのかが気になる
↑道の要所に石の標識があり、迷う心配はない
↑竹富島のビーチ、奥に見えるのは幻の浜
気づいた人もいるかもしれないが、竹富島は全くと行ってよいほどゴミがない、本当にビーチの海岸にも、町中にもゴミが落ちていないのだ!!
沖縄の最北端にある宇佐浜ビーチには観光客があまり来ないが、ゴミが大量に流れ着いていた。それと竹富島のビーチを比べると、徹底的に環境を守る努力をしていることに感心した。
↑沖縄最北端の宇佐浜ビーチ ここまで来る観光客は少ないもののゴミが目立つ。
フェリーの出発時間も迫ってきたため、最後にもう一度市街地を観光することにした。
↑水道記念碑
↑展望台
↑ニシトウオンという名のついた神社
↑ヤギ
少し早くついたので港で少し釣りをした。
↑ダンダラスズメダイ
↑メギス
↑メギス2
本当に短時間だったが魚が釣れ、満足で帰りのフェリーに乗った。
↑帰りのフェリー、でかい!!
↑内装が豪華だ
石垣島に着き小屋に帰る途中、サザンゲートブリッジの下で先程釣れた魚の切り身で釣りをした。
↑サザンゲートブリッジ、定刻になると映像が橋の柱に映し出され音楽とともに地元の昔話などを楽しめる。
2時間ほど粘ったところで竿が吹き飛ぶほどのアタリがあり、急いで回収したが途中でバレてしまった。
↑曲がった針
なんと針を伸ばされ逃げられた、時間も時間なので切り上げて帰ることにした。
↑夕食のそば、こちらはそのまま食べることができた。
帰る途中、小さな小川があったのでなにげに覗いてみるとオオウナギがいた、写真を取ろうとライトをつけると早々に岩の隙間に消えていった。
明日は飛行機で帰らないといけないため小屋に到着し早々に寝ることにした。
4/2
5時30分に起き、またバンナ公園の散歩に同行させていただいた。
↑最終日は驚くほど綺麗に晴れた。
簡単なベンチでおばあさんと雑談した。雑談していくに連れ徐々に自分が新入社員としての悩みを打ち明ける時間となった。
おばあさんは親身になって悩みを聞いてくれ、もし、頑張っても無理だったら辞めるという選択をしても良いとか、皆最初は通る道だから大丈夫など、アドバイスをくれた。
蝶園、オオゴマダラの幼虫の餌となるホウライカガミがたくさん植えられている
↑オオゴマダラの幼虫
蛹は金色できれいと言われたがまったく想像できない、周辺をよく調べてみると
あった!
↑本当に金色だ!
自然界でどのようにすればこの色を生み出すことができるのかと自然の神秘に感銘を受けた。
↑接写を試みるが なかなかピントが合わない
↑オオゴマダラの成虫【空港にて】
↑無人販売所、苗が多い
その後帰り道、無人販売所にておばあさん畑に植える苗を購入し、石垣空港までバスがあるターミナル付近まで送っていただいた。
↑石垣島前最後の写真、空港展望台にて
↑サヨナラ!!石垣島
いろいろな人にお世話になった分自宅に帰るのが悲しくなるが、また旅行で来れば会えると考えると少し悲しさも薄れた。
↑空港で食べようとしたピーチパイン、やはり空港のコンクリートで可食部まで削るのは難し買ったので自宅で食べた。
空港の屋上からの景色、憎いほど綺麗に晴れた。
明日の初出社を応援しているように思えた。
卒業旅行といえばかなり奮発して豪華な食事をしたり、高級旅館に宿泊して思い出を残すことが一般的だと思う。
私の卒業旅行は、傍わらから見ると貧乏旅行で、惨めと思われるかもしれないが、歩いて移動することによって得た出会いや、経験は決してお金で体験できるものではなく、一生の思い出になる経験となった。
↑買ったミンサー織りの財布と竹富島のエコバック、今後使い倒したいと思う。
帰宅後かなり痩せました。
↓
↑ビフォー
↓アフター
卒業式に本気を出した結果。
大学の卒業式=人生最後の卒業式
大学の卒業式といえばスーツ、袴、振り袖で式に出るのが一般的だと思う、しかし京都大学や、一部の芸術大学では仮装をして式に出ることで有名である。
そこで私も、理系の大学だが、人生で一度しかない卒業式で仮装して出席し、一生に残る思い出にしたい! そして自慢したい!!と思ったので早速準備に取り掛かった。
準備編
2月初旬
まず、どのような仮装をするか考えた時、卒業式といえば大勢の人の目の前で花道を歩く、というのがプロレスの入場の様子と結構似ていると思った。
そこで、私がプロレスを好きになったキッカケとなった試合である2014年1月4日の大会で中邑真輔選手が、身につけていたコスチュームの仮装をして卒業式に出ることに決めた。
理由は他にもあり、独特な動きで入場することで有名で、当時の衣装には肩章をひらひらさせながら入場してくる。
そのため、自分も卒業式でクネクネ動きながら肩章をひらひらたなびかせる入場シーンを卒業式の花道で再現したい!!
〜準備編〜
実際の入場動画を参考にコスチュームを作っていくことにした。
必要な装備として
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・肩章付きジャケット
・チャンピオンベルト
・シンガード(脛当て)
・腕輪
・ウィッグ
・赤いベルト
・ひげ
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を揃えていく、
しかし、レスラーの衣装は特注品が多いのでチャンピョンベルト以外は自分で作るもしくは似たものを購入する必要がある。
〜肩章付きジャケットの制作〜
ベースとしてメルカリで襟のない細身のライダースを購入
このジャケットに必要な装飾を加えていく
捨てる予定の上着のボタンを引きちぎり
移植!!
これに肩章(シャアとかの肩についてるひらひら付き肩パット)を付けていく、
そこで、ダイソーで購入したスポンジを適当な大きさに切り、
表面と色を同一するため
いらない下着を切り取り
スポンジの表面を包みこむことで土台となる肩パットが完成した。
最後に、とても重要なひらひらはダイソーの毛糸で再現することにした。
画像を参考に長さを揃えた毛糸を一本づつ接着剤で側面と上部に貼り付けていく
肩章の完成
これを接着剤でジャケットとドッキングさせる。
完成が楽しみだ!!
ーー肩章付きのジャケット完成ーー
特に肩章をいくら振り回しても耐えられるように接着した。これで思う存分たなびかせられる!!
〜腕輪の作成〜
こちらはネットで売ってそうなものだがなかなか3列鉄の装飾が施された腕輪が見つからなかった。そこで、
セリアでベルト、 ボンド 、ボタン(留め具)
を購入した。
ベルトを腕の大きさに合わせて切り取り、ボタンで着脱可能にした。
完成
腕輪は比較的簡単に制作した。
膝パッドはプロレスの練習で使っていたものを使用した。
道場の練習にてジーパンが大破した図
シンガード(脛当て)はメルカリで購入したものに黒いガムテでロゴを隠したものを用意した。
チャンピョンベルト
ベルトは先程からチラチラ写っていることに気づいた人もいると思うが、海外からの発送のため届く期間を多く見積もってかなり早めから注文していた。
当日、親はスーツで出ると信じ込んでいるため、実家に衣装を持って帰ると怒られる。
そこで卒業式当日までの保管場所として学校のロッカーに衣装を詰め込んだ。
当日ロッカーのある施設が施錠されていたらと考えると、ヒヤヒヤする、
他の装備(赤いベルト、ウィッグ、ひげ)は当日に揃えることにした。
〜前日〜
およそ3週間ぶりに大学のある地域に戻ってきた。
泊まるホテルの内装、豪華すぎ!
室内から普段サイクリングで通る景色を一望できた。まさか普段通る道を見下げるときが来るとは、
到着後は市民体育館に向かいトレーニングをして、明日のコンディションを整えた。
温泉、食事を終えたあとすぐに寝る体制に入ったが、明日の卒業式でロッカーのある学習棟に入れなかった場合、予備で持ってきたスーツで卒業式に出ることになるため、今までの準備が全て台無しになる最悪のケースを考えると不安がこみ上げてきた。そのせいで、なかなか寝付けず最後に時計を見たのが3時頃であった。
〜卒業式当日〜
6時30分に目が冷めた
7時の朝食後、記念に温泉に入った。
そのおかげで
完全に目覚めた。やったね
この時点で朝の8.30分
卒業式の受付は11.50分からなのでウィッグや、小道具を買いに行く余裕がある。
急いで3.5キロ先のドンキでウィッグを購入し
ダイソーでひげ用マジック、ハサミ、そしてウィッグと地毛をなじませるためのジェルを購入。
↑おそらく最後になる通学路
そして、歩き行きなれた通学路を歩き、とうとう最後の登校を果たした。
時刻は11時5分
卒業式受付まであと45分ある、急いでひげ、ウィッグ、ガムテープで最終微調整を行った。
その中で一番苦戦したのがウィッグで、ウィッグと髪を結合させるためにテープを使用したがこのときに限ってくっつかない、
このままだと長州力にしか見えないのでハサミで形を整えた。
そうこうしているうちに時刻は12:15分を超え、校内アナウンスによる招集が告げられた。
ビフォー
アフター
この時点で既に12:20分を超えていた。
完全に遅刻であるが、どうしてもウィッグの接着具合が悪いため、どうするか考えた挙げ句、校内コンビニのお姉さん達にダメ元で助けを求めた。
ダメ元で、ウィッグを固定するためにボンドか、クリップを売っていないかと駆け込むと、書類を止めるクリップを貸してくれなんと、髪とウィッグの固定までしてくれたのである。やったね、
〜そしていよいよ〜
【出撃】
!!
と行きたいところだが、
遅刻している身分であり、会場前の受付が既に終わっていた。
恐る恐る会場に侵入すると、その場にいた会場スタッフ全員が自分の姿を見て驚愕していた。(笑)
そして、入場に必要と思われる学生証等を取り出そうとしていると、
(卒業生の方ですか?)と聞かれたので(ハイ)と答えると、何も提示せずに中には入れた。
入る途中入場の必要な書類はいらないのか訪ねたところ、不要とこたえられ、卒業生と申告すれば誰でも入れるような雰囲気だった。(来年も入ったろかな?)
会場に入ると既にお偉い方々の演説は始まっていた。 そのため厳格な雰囲気をぶち壊さない程度にゆっくり席についた。
その後、生徒が順番に証書をもらう場面を待ちわびていたが、どうやら選ばれし生徒だけが代表として貰うらしく、自分らのような一般ユーザーは後に個別の担任教授から授与されるようでなにか肩透かしを食らった気分だった。
あっという間に式は終了し、卒業証書が授与される教室にあるき始めると、、、
左の方から走ってくる人物が
あんれ、
後輩参上!!!
高校の後輩君だ!!
何故か神戸からわざわざ来ていたのだ。
そして出会い頭に激写された。(笑)
↑出会った瞬間に撮られたヤツ
よく見ると後ろにいる人の半数がこちらを見ていることが写真からわかると思う。良く言えばそれほど注目を集めたとも言える。
とりあえずせっかく来てくれたのでカメラ役としてこき使うことにした。
記念ボードは中邑真輔選手の母校に一時的変更、
その後、本来会場で証書を貰って肩章を振り回しながら花道を歩く入場シーンの再現ををしたかったため、生徒がいなくなった会場へ行き、スタッフにダメモトでお願いしてみた。
〜その結果〜
舞台の上に立つ許可をいただいた。
↑脳内では入場曲を流し
↑中邑真輔になりきる
やったぜ!!!
本来大人数の前で証書を貰い花道を去る予定とは少し違うが、広い会場で思う存分肩章をたなびかせることができ大満足である。
卒業証書授与!
(卒論の際、ほぼつきっきりで超絶助けてくれた恩師)
担任の教授からベルトへの挑戦証書(卒業証書)を受け取り、最後に色々おごってくれた友達と記念に、撮影。
卒業式後、撮影役としてこき使った後輩にお礼として食事(高級蕎麦)を奢り電車で帰った。
電車内で4年間の大学生活を色々思い返すとやっぱり少し寂しく感じた。
このように大学の卒業式は、想定していたものとは少し違うが大満足で終えることができた。これからも自分の個性を大切にして生きて行こうと思った。
学生時代、様々な体験ができたことを誇りに思う
↑週プロに乗った写真、後ろで角はやしてる姿を載せられてしまった。(笑)
(報告)卒業しました。
また時間があるときに書いていきます。
とりあえず報告だけとさせていただきます。